「違国日記」物語における”叔母”なるもの

 

 


むかし「傲慢な援助」と言う本を読んだ(と思う)(あれ?本当に読んだっけ?)

その本は確かNGOとかの人道支援の問題点を指摘する内容だったと思うけど、誰かを助けたいと思った時、援助する側に傲慢さが見え隠れすることは確かにある。相手の境遇を「かわいそうだ」と思う、とか、何か「してあげなきゃ」と思うとか、それはすでに相手を少なからず侮辱することになる。

ヤマシタトモコの「違国日記」(読み方は”ちがうくににっき”でいいのだろうか?)は両親を失った15歳の少女を叔母に当たる「狼のような目をした」小説家が引き取り、共同生活を送る、と言う物語だ。

両親を失った傷と15歳と言う年齢特有の心の揺れが作中で混ざり合い、また、叔母も人間的に不完全さを抱えながらも自分なりの筋を通した生き方、人との接し方を模索する。

冒頭でも書いたが、誰かを助けたいと思った時、それを上手く実行するのは非常に難しい。相手にとって本当に正しいことなのかわからない、その時してほしいことと長い目で見た時にするべきことが食い違うことは多いし、干渉する、しないの線引き、相手を自由にさせてやることが理解なのか?と言う問題。相手を一人の人間として尊重するなんて、平常時ですら難しいのに、窮地に陥って、心が瀕死になっている相手に、どんなことをしてやれるだろうか?

物語における「叔母」なるものは、割とこういうことが上手い存在として、言い方は悪いが、便利に使われることが多いと思う。精神的に窮地に陥っている少女を救ったり、アドバイスを与えたりするのは、大抵、独身でどこか浮世離れした、魔女のような母の姉妹だ。今回の違国日記も基本的にはそのフォーマットに則っている。表紙に小さく書いていある「Journal with witch(魔女の日記)」という英題からしても、それはヤマシタトモコがはっきり意図していることなのだろう。そういえば「魔女叔母さん」が出てくる作品て沢山あるし、これは一つのジャンルと言ってもいいかもしれない。

これまで様々な作品で便利に使われてきた「魔女叔母さん」のフォーマットを使用しているので、表面的にはよくある物語と思われがちな作品かもしれない。ただ、今回は傷つき、居場所を失ったのは少女だけでなく、叔母もまた、少女を引き取ることで自分の(自分だけの)城を失っている、と言うのがミソだと思う。人と関わるのが苦手な叔母もまた、戸惑ったり、傷ついたりしながら成長してゆく。だから読んでいて予定調和なだけの定型の物語とは全く違う、時にスリリングな女二人の共同生活から目が離せなくなる。

ヤマシタトモコはとにかく会話劇の妙、と言うか、日常会話を漫画化することに関しては現代の漫画家の中でもトップクラスなのではないだろうか。「ミラーボールフラッシングマジック」で、ほとんど女友達4人の会話だけで進んで行く話があり、その頃から日常会話といえばヤマシタトモコ、みたいな印象だったけど、意味もなく言い間違えたり、吹き出しを使って言い淀む感じを表現したり。それがこれ見よがしでなく、あくまで日常会話として、そのテンポを視覚的に届けてくれるから、読んでいて会話の臨場感がすごい。

そしてそんな気持ちのいい日常会話の隙間をついて出てくる「ぐっ」とくるセリフ。いいセリフがとにかく多い。救われるような、心強い言葉もあるし、ほんとそれな!って思うセリフもある。でも僕が読んで、やっぱヤマシタトモコ最高だわって思ったセリフは「乾いた寿司は殺す」ーそれな!

違国日記では、3巻目にして亡くなった両親の様子が具体的に描かれるようになってきた。叔母は、姉である少女の母を憎んでいる。が、少女から見た母親は、また違う一面を持っている。劇中ですでに存在しないキャラクターだからこそ、いろんな立場の人間の口から語ることで、立体的にそのキャラクターの多面性を描ける。新しい環境との格闘がひと段落した3巻目以降は、母親と娘の関係を、より立体的に描いてゆく感じになるのではないかと、今からワクワクしている。毒親という言葉が一般的に知られるようになった昨今、毒親というほどでもないけど親に対してモヤモヤと感じることがある人が多いのではないだろうか。そういう世の中の流れを敏感に感じ取り、作品に織り混ぜる感性もヤマシタトモコならではのものだろう。

前回ブログで書いた池辺葵も「居場所についての物語」だったが、今回の違国日記も、やはり居場所にまつわる物語だろう。3巻で叔母との居場所をオアシスに例える表現があったが、現代人が求めるオアシス的な場所や関係を見せてくれる優しい物語でもあり、さらにそこからもう一歩踏み込んで、そんな優しいオアシスでもそこに湛えられた水と完全に混ざり合うことできない、という現実まで、淡々と描いているこの「違国日記」はヤマシタトモコの一つの到達点ともいうべき作品だと思う。